世間一般ではクリソツだの何だの言われているが僕らの意見は違う。区別の仕方は只一つ。いかにも疲れている男が兄、そうでないのが弟と覚えると便利なはずである。最近兄はやつれてきているので多少はそういう区別がつくはずである。
前振りはこのくらいにして僕の音楽遍歴について書きたいと思う。
僕は昔からしょっちゅうアニメを見ており(最近は見ていないけど)、そのせいかよく口ずさんだりしていたのはアニメの主題歌か学校で習う曲ぐらいであった。
しかし、人生というのはしょっちゅう変わるものである。人の好みと同じように。
それは小学校6年の頃であった。映画「ストリートファイター2」(実写ではない。むしろそっちは出すな)のエンディングに流れていた楽曲に惹かれた。
さらに、その主題歌を歌っていた篠原涼子の出ていた番組もチェックするようになり、あらゆる音楽番組を録画して見るようになった。それがJ-POP&クラブサウンドと呼ばれるジャンルに惹かれるきっかけである。
それから4年後、僕は演劇部に在籍することになった。そこでの活動は僕にとっては盆栽をいじくり回す爺さんのように楽しいものであった。だが、衝撃というのは妙なタイミングで出てくるものだ。
高校二年のとき、その事件は起こった。なんと顧問はいきなりゴスペルコンサートでコーラス隊として出演しろと言い出したのだ。
当時黒人音楽というものを知らなかった僕にとっては驚きを隠せないものであった。
想像していたのはウーピー・ゴールドバーグのような女性が母国から呼び寄せたブラザー&シスター(キリスト教では修道士と修道女を好呼ぶそうだ)とともに日本人に徹底した黒人音楽をスパルタ形式で教え込むというものだ。
正直言ってドキドキしていた。身はもつだろうかと心配だった。だがそれは杞憂に過ぎなかったのだ。
実際はやさしく、丁寧に教えてくれたのだ。シスターの姉ちゃん、ありがとう。でも体格はウーピーとかぶってたけどな。
今歌えといわれても困る。パートは口伝えなのでなかなか思い出せない。
それがきっかけでブラックミュージックを聴くようになった。さらに洋楽も聞く一つのきっかけにもなった。
高校時代といえばもう一人影響を与えてくれた友人がいる。彼は根っからのロック小僧でロックについてかたらせたらかなり熱かった。同じ部であった彼とはしょっちゅうロックはどうとか語り合ったものである。そのおかげで聞かず嫌いであったロックもまともに聴くことができた。
高校二年のときは他にも劇の都合上ベートーベンの第九も歌わされた。今でも歌える。ただしドイツ語のみしか歌えないのであしからず。
ナンダカンダ言って現在、僕のCDのお買い上げに関しては家族そろって無駄だと言わしめるほどになった。だが僕は満足しているのだ。どのようなジャンルであれ感じるものがあれば手元に残す…そのような金の使い方があっても贅沢ではないと思う。
しかし、まだまだ感じる音楽は山ほどある。が、全然それを買うどころか借りるお金すらない。ひとえにこれは音楽シミュレーションゲームのせいである。コナミさん、今までつぎ込んだお金を筐体として返還してください。
最後に、こんなまとまりのない文章を読んでいただきまことにありがとうございます。
やっぱり兄貴に関する暴露話書いたほうがよかったのだろうか? もし知りたかったら一言ください。遠慮なく言います、本人が居なければ。
出題ジャンルは、兄の方が、世界の民謡、 ゲームタイアップ(吉田・尾田)、 サンプリング(吉田)、 弟の方が、 ブラックミュージック(高田・安藤)、クラブ & ポップ(尾田)、 ロック(吉田・尾田) でした。
これにより、吉圭さんと尾田さんが3つ、安藤君が1つ、事前に点数倍加カード を使い、高田さんが獲得した点数倍加カードは、使わずにとっておくことにな りました。